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コラム

ライフサイクルBIM 4
~データサイクルを成立させるルールとマインド

2021.04.15

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎
 
何故建物データが必要なのだろう?と今更だが改めて考えている。やがて来るであろう
Society 5.0の世界では、AIや各種システムが認識する仮想空間を構成するデジタルツインの
存在が不可欠であることはイメージできても現在と少し先の未来において建物のデジタル
情報が必要となる理由を明確に説明できるだろうか?
情報化社会において建物の情報化は必須だと言えばその通りなのだが理由や目的を明確にし
ないままで建物データを作成しても十分に活用されず建物データ作成コストの回収も困難と
なってしまう更に作ってしまった建物データがメンテナンスされず放置されると、情報の信
頼性が低下してさらに状況が悪くなる。
 
建物ライフサイクル全体で流通し共有される建物データをBIMモデルに集約する場合、設計か
ら運用までの各工程だけでなく工程間での情報継承のデータフローについても明確にしなけれ
ばならない。工程内と工程間の両面で建物データフローを整理することで、はじめて建物ライ
フサイクル全体で活用できるBIMモデルのあるべき姿が明らかになる。
こうして作成される建物ライフサイクルマネジメントのためのBIMモデルには設計から運用ま
での各工程で必要とされる建物データが含まれるが、個々のデータ項目は作成と利用が一つの
工程の中で閉じているもの、前工程以前で作成されたものを継承して利用するもの、その工程
では利用しないが後の工程で利用されるものに大別される。
一つの工程内で作成され利用される建物データは、その工程の関係者にとって自身のための情
報であり、活用目的や作成方法が明確になっている。しかし、前工程で作成されたデータを使
用する場合にそれが求めているものであるためには、データの作成者との認識があっていなけ
ればならない。次工程以降で使用されるデータを作成する場合も同様である。例えば室面積で
あればそれが壁芯によるものか内法なのか、土地面積であれば端数を繰り上げるのか切り捨て
るのか、といったデータ作成・入力のルールについての認識が双方で合っていなければ、適正
なデータ継承は成立しない。面積、寸法、仕上げ、色、型番、定格能力……、といった普段何
気なく使用している項目についても、工程ごとに同じ言葉で異なる捉え方をしているものは少
なくない。
 
プロジェクトにBIMを導入する場合BEP (BIM Execution PlanBIM実行計画)を策定し明文
化することが必須であるとされる。規格化されているわけではないが、近年ではテンプレート
になり得るBEPの事例がいくつも知られており、それらを参考にしながら特定プロジェクトに
対するBEPを作成することができる。設定したBEPに従って対象建物の特性やBIMの導入範囲、
各工程での建物データ要件が共有され設計から運用維持管理に至る複数工程での建物データ
の継承が実現される。
特定のプロジェクトへのBIM導入時、設計から運用に至る様々な関係者が関わる場合であって
も全員の顔が見える状態であれば、BIMにおけるルールの認識合わせは比較的容易である(そ
れでも筆者の経験では、建物の構築関係者と保守関係者の間で様々な建物情報の捉え方の認識
を合わせるためにはそれなりの時間を要した)。これはプロジェクト関係者の大半がBIMの導
入を意識し、BEPで規定されたルールや導入意図を理解していることを前提とできるからでは
ないかと思う。
 
多施設の建物ライフサイクルマネジメントにおいては、個々の建物に対するプロジェクトマネ
ジメントの適正化はもとより、CREの全体最適が求められる。勿論、各工程にかかわる関係者
数も個別プロジェクトと比較して格段に多くなる。当然のことだが、対象となるすべての建物
データの継続的な品質確保は必須となる。ここにBIMを導入する場合、すべての関係者にBIM
の導入目的、範囲、ルール、フローを適正に理解してもらわなければならない。それぞれの立
場で実施すべきことを確実に実施してもらうためには、わかりやすく行き違いのない情報の提
供と共有が重要となる。
多くの関係者へ組織的なBIMの導入を進めたところ、従来のBEPの考え方によるルールブック
では、BIM導入の背景や目的といった前提条件が必ずしも適正に共有されないということがわ
かってきた。特にこれまでBIMの概念に接する機会が少なかった関係者からは、従来のBEPは
データマネジメントに寄りすぎていて実際の業務における具体的なBIMの手順をイメージする
ことが難しいといった意見も出されている。建物ライフサイクルマネジメントにおいてBIMを
組織的に展開するには、各工程での業務の視点から建物データを作成・利用するルールと手順
の設定が重要となった。このような検討結果から、現在筆者が関わる多施設を対象とした建物
ライフサイクルマネジメントへのBIM導入では、データサイクルを成立させるためのルールと
して、適用範囲やBIMモデルのデータ入力規約、建物データフローといった従来のBEPの内容
に加え、設計や維持管理といった業務フローから見たBIM運用手順についてもドキュメント化
することとした。今後、建物ライフサイクルにおけるBIM導入が組織的かつ面的に定着してい
けば、このような業務手順とBIMの関係を明記したドキュメントの有効性が明確になるのでは
ないかと期待している。
建物ライフサイクルマネジメントにおける組織的なBIMの定着のもう一つの課題は、ある工程
の関係者が自身の業務で利用しないが次工程以降で必要とされる建物データが確実に作成され
るという、建物データ流通と継承の定着だろう。何故自分の業務に直接関係のない建物データ
を入力するのか、それがどのような意味を持つのか等、自身の工程を超えた建物ライフサイク
ル全体での建物データ活用のイメージを関係者全員が意識できるマインドの醸成が必要不可欠
だろう。
 
Society 5.0の時代には建物データは自動的に作られるようになるかもしれないが現在ではま
だ人が作成し入力しなくてはならない。何のため、誰のため、どのような目的のため建物デー
タを作るのか、そして作るべき場所で作って共有することが全体をより良くする、というルー
ルとマインドを関係者全員で共有することが、ライフサイクルBIMにおけるデータサイクル成
立の鍵になるのではないだろうか。同時にこのマインドは精神論ではなくロジカルに納得でき
るものであり、関係者が入れ替わっても継承され継続していく仕組みそのものでなければなら
ないとも考える。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長