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コラム

デジタル時代の地図

2022.01.25

パラメトリック・ボイス 

             アンズスタジオ / アトロボテクス 竹中司/岡部文

 1631年から1831年の間にベスビオ山の28回の噴火から流れた溶岩が記録された地図
 (COURTESY OF HOUGHTON LIBRARY, HARVARD UNIVERSITY)
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のNational Geographicの
  Webサイトへリンクします。

 1631年から1831年の間にベスビオ山の28回の噴火から流れた溶岩が記録された地図
 (COURTESY OF HOUGHTON LIBRARY, HARVARD UNIVERSITY)
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のNational Geographicの
  Webサイトへリンクします。


岡部  この地図、とても魅力的だね。これは噴火したベスビオ火山の溶岩流の範囲を色分け
    して描いた19世紀の地図だ。書籍All Over the Map(Mason, Betty, and Greg
    Miller. All Over the Map: A Cartographic Odyssey. National Geographic, 2018.)

    には、他にも面白い地図がたくさん収録されている。本著の序文にある通り、「地図
    は概念を説明し、伝達するための最高の手段」であり、地図に埋め込まれた空間への
    思考がとても興味深い。
 
竹中  そうだね、我々が日常に使う地図は、道案内としての役割が大きい。縮尺に応じて正
    確に表記された「一般図」だ。ただ地図の活用としては、ほんの一部の役割でしかな
    い。一方、特定の利用目的に対して作成される地図を「主題図」と言って、特別な事
    象に重点をおいて描き表す。地図を描く人の視点が垣間見られる地図だ。
 
岡部  そう、テーマに合わせて開発された表現技法も美しい。例えば、地形の起伏の描き方
    ひとつとっても、はるか昔から多様な挑戦が見られる。小さな半円形を連ねて表現し
    たメソポタミア時代の描き方からはじまり、線(ケバ)で表現したケバ図法や、遠近
    手法を利用したぼかし(レリーフ)地図、さらには色の違いで高低差を区別した鮮や
    かな地図など、まるで絵画のようだね。
 
竹中  子供が描く地図なんかも、ある種、強い主題があったりするよね。頭の中で感じてい
    る認知を図式化する、いわゆる「認知地図」だ。好きな場所や、描きたい場所、行き
    たい場所などが自分の日常の行動ルートを中心に、そこからぶら下がったような描き
    方をすることが多い。
 
岡部  以前、コラム「ロボットが描く地図」でも触れたように、近年、自動車やロボットを
    はじめとする移動体ための地図生成をテーマに、世界各地で地図を描く研究が進んで
    いる。Robotic mappingと呼ばれる研究領域で自己位置推定と環境地図作成を同時
    に行うことができるSLAM(スラム:Simultaneous Localization and Mapping)技
    術を活用して、リアルタイムに地図を生成するアプローチだ。
 
竹中  多数のセンサーが収集したデタをもとに地図を作成し、移動車両に動作命令を出す
    自動運転技術の基本的なフローではあるが、動作命令を出すための地図も、目的や動
    作に合わせて特徴を持った地図の表現が必要だ。私達が日頃から自らの目的に合わせ
    て頭の中に空間認知地図を描いているように、刻々と変化する周囲環境において重要
    なのは、それらを俯瞰したデータの集合知だけではなく、様々な見方を与えた主題図
    なのである。
 
岡部  求められているのは、絶え間なく変化する周囲環境をすべて網羅した完成された地図
    情報ではなく、移動体と変化する周囲環境との細やかな関係性を描きだした、ダイナ
    ミックで主観的な地図というわけだ。モノからの視点をボトムアップ的に可視化して
    ゆく、ユニークな地図が描かれるだろう。
 
竹中  こうしたデジタル時代のアプローチから地図を創造してみると、俯瞰した視点から画
    一的なグリッドをレイヤドするような描き方は、地図の未来とは少し異なりそうだ
    人や物が場所や空間と直接会話しながら、その空間の特徴を随時描き誇張してゆくよ
    うな、ダイナミックな関係性を表現する地図こそが、都市の新しい推進力になるにち
    がいない。

竹中 司 氏/岡部 文 氏

アンズスタジオ /アットロボティクス 代表取締役 / 取締役