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コラム

【BIMの話】このへんで次へ

2022.06.07

パラメトリック・ボイス                                                    竹中工務店 石澤 宰

なんやかんやありまして、去る3月28日にようやく博士課程を終了し、学位取得と相成りまし
た。在学期間は4年半、この時期に大学院にいらした他の方々と同様にこの2年はほとんど
キャンパスに行くことなく、公聴会も最終試験もオンライン開催のなか、学位授与式をリアル
開催で参加できたことは幸いでした。

当初4年半かかるとはまず思っていなかったわけですが、その内訳の多くが査読待ちというス
テータスだということもあまりわかっていませんでしたし、最後に博士論文という大量の文章
をアウトプットする作業がどんなものかというのも基本的には想像がついていませんでした。
「書き終わった瞬間」というのをいまだに覚えていますが、「あとここだけ手直しする」とい
うリストを潰していって、その最後の一個が消えた瞬間に「あ、終わったのか今」という感じ
でした。最後の一語を書くのではなく、これで終わりと決めたリストを全部やったので提出す
る、という感覚でした。

そう書くと何やら小綺麗ですが現実は、缶詰になって仕上げると覚悟していた1月の3連休初
日にギックリ腰になってしまい、整形外科もあいておらず寝たままひたすらMacBookとにら
めっこした72時間であり、よもやそんな結末とは本当に思いもしませんでした。

もう一つ思いがけなかったことといえば、製本提出まで日がなさすぎてアウトになりかけたこ
とでしょうか。博士論文は成果物として学事に提出、その後は図書館に納本されます。このと
き、製本はハードカバーの黒製本でタイトルは金文字の箔押し、などと伝統と格式ある体裁が
決まっており、何がなんでもこの様式に従わなければならないのですが、これを短時間で受け
てくれる印刷所があまりない。とくに箔押しが難点で、私は締め切りまでの間に2月の三連休
を挟んだため、あわや「製本間に合わなくて提出アウト」になるところでした。
 
こうして、ふつうの会社員に戻ります、というところでしたが、幸いなことにお声掛けをいた
だき現在は東京大学生産技術研究所 コモングラウンド研究室およびインタースペース研究セ
ンター
にて新たな研究活動に参画しています。様々ある研究テーマのうち私がとくに参画する
のは「BIM・ゲームエンジン・NFTの相互連携による価値創造」です。
これまで私は、BIMモデルというデータが主にどんな人によって作られたり修正されたりして
いるのかを分析し、多くの人が関与するプロジェクトにおいてどんな人物像が求められている
のかをテーマに研究してきました。とくに大規模プロジェクトで、協業を前提とした(モデリ
ングを重視しない)スキルセットを肯定し、それができる人の母数を増やすことが日本の建設
業全体にとってBIMの普及のために必要である、と結論づけました。

一方今度は、BIMというプラットフォームが都市や生活空間で見いだされつつある新しい価値
にどれほど寄与するか、という視点です。博士論文がモデルの生成過程に注目したプロダクト
アウト的な考え方であったとすれば、今度はその流通・共有についてのマーケットイン的な発
想が必要になりそうです。
 
モデルの出来高のリアリティについてデータとにらめっこしてきた自分自身としては、「BIM
モデルの本当のところ」がわかることに自身の強みがあると思っていました。しかしそれもあ
るときには邪魔になります。「正味どれほどのポテンシャルをBIMに期待することができそう
か」という《全部乗せ》ビジョンを作るときに「いやぁ自分がBIMマネだったら引くわなあ」
などと考え始めると終わりが見えません。それはそれ、これはこれ。もうひとりの自分には
黙っていてもらうというスキルがないと次へ行けません。

実際はそれぞれに現実でありその事実を示唆する統計も出てきつつあります国土交通省
による2021年発表の調査結果
によれば、調査対象となった813社のうちBIMを導入していると
回答した団体は46.2%。確かに普及は進んできているが、大手以外ではなかなか厳しいという
状況がこの他の資料にもはっきりと反映されています。

一方Dodge Data & Analyticsによる2021年のレポート内記事「Digital Transformation
and the Use of Emerging Technologies」は、BIMを活用しているか否かは、他の様々な先
端技術を活用しているかどうかと強く関係していることを示していますその関係はVRやデジ
タルフブリケーションロボティクスやIoTなど多岐にわたって例外なくみられ同レポート
は「明らかにBIMはデジタル・トランスフォーメーションの戦略全体にとって重要なパーツで
ある(p.48)」としています。

これらから、建築・建設業で生み出されるデータを活用する際に、BIM以外のものが覇権を握
る可能性は高くないと言えます。BIMには課題も多いが、現時点で建築の境界を超えたデジタ
ル・トランスフォーメーションを可能にする最も有力な、事実上唯一の選択肢と言うことはで
きそうです。ワークフローをオープンにし、より多くの人が乗り込みやすい土壌を作ったら、
では収穫物をどう料理してゆくのか。野菜なら土いじりをしていたところから包丁に持ち替え
て考えるような気持ちです。
 
プロダクトとして世に出て20年以上経過したBIMは、考えてみれば現状の様々な仕様・制約を
受けつつ現に建物の設計・生産に使われており、すでにこれ以上の改善の余地は少なくなって
きているのかもしれません(サイモンの満足化仮説)。そうして技術は「昔のなごり」を残し
ながら発展してゆきます。そうであれば、現状の課題にも目を向けつつ徐々に、「このへんで
次にいったら何が見えるのか」を考えるのもよさそうです。その切り替わりを感じることがで
きるのか、新たな研究テーマを楽しみにしています。

そうそう、博士課程を志される方がもしいらしたら、提出論文はカラーコピーにキングファイ
ルではいかんということをどうか覚えておかれてください。いかに昔のなごりであろうとも、
論文の製本には十分な日数を。私の体感では、「もう最終提出はPDFでいいよ」と言ってもら
える日はまだまだ来そうにありません。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授