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コラム

【BIMの話】歴史と遊ぼう(再)

2022.11.04

パラメトリック・ボイス                                   竹中工務店 / 東京大学 石澤 宰
 
10月1日より東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授に着任いたしました。
同研究所では以前からリサーチフェロー(外部研究員)として研究活動に関わっていたのです
が、これからは1つの研究室という所帯をもって活動を行っていくことになりました。このよ
うな環境がいただけたことは本当にありがたく、久しぶりにゼロからスタートを切ることに感
謝の気持ちが溢れています。会社業務も変わらずあるので研究活動の時間こそ限られているも
のの、私にとっての強みは、実務と研究の間で〈価値の貿易〉を起こすことができることだと
思っています。

〈価値の貿易〉というのは社会人博士課程の途中でなんとなく定着した自分用の言葉です。あ
る地域でたくさん生産されるものを他所に持ち込んでその価値を高めるのが貿易であるなら、
実務で観察された研究のヒントや、ビジネスにも役立つ研究側の知見を互いに輸出入すること
は貿易っぽく見えます。自分の中でその貿易を行いながらアウトプットの形で貢献できること
は、私の存在意義になりそうだと思っています。
徐々にわかってきたことですが、研究対象はそれを目的として採取された実験や調査のデータ
ばかりではありません。誰にでも手に入る、一般的にはそれほど特殊と思えないデータを活用
して興味深い知見を引き出す研究もあります。

例えば、競馬のオッズのデータを活用してジェンダー論に結びつけた研究というのがありま
す(Vanessa Cashmore (2022). Female jockeys - what are the odds? Journal of
Economic Behavior & Organization, Vol.202, pp.703-713)。ジョッキーの過去は戦績を
基にした期待値と考えることができますが、そのデータは社会が持っているジェンダーバイア
スを反映していると考えるに足る要素の1つとなります。この研究では、20年間のオッズから、
女性ジョッキーの勝率が過小評価されており、しかもその傾向が年々悪化していることを発見
しました。

ここまでくると研究とは、普段から持っている問題意識を論文として表現するためにどうする
かについての創造と発見を伴うプロセスであると思えます。私の行った博士論文は、使用した
データがソフトウェアの副産物のような自動生成ログでしたので、同意さえあれば後はほとん
ど自動的にデータを得ることができました。この着眼点に手ごたえは感じていたものの、あま
りにも低予算で進められる研究だったので、もろもろ含めて研究として見栄えがしないのでは
ないか、大きく予算を取らないと社会に切り込む研究はできないのはないかと時々悩みました。
しかし世の中は広く、上記のように、ありふれた事象やデータをもとにしてこんなに深い考察
が得られるのかと驚くような論文も少なくないようです。研究予算を獲得できることは優秀な
研究者の一つの指標であるようですが、私は何しろ一人親方なのでスロースタートしてゆくし
かありません。面白いテーマはどこにあるだろう?と考えるのがまず最初の仕事です。
 
さて、その研究活動の分野の中で注力すべきテーマの1つに歴史的建造物のBIMがあります。
もともとBIMは新築建物との方が相性が良く、既存建物のBIM化には多くのハードルがありま
そもそも竣工図面が存在していなかったり3Dスキャンなどの類を使って現場をデータ化
することに大きな時間と手間がかかったり、改修復元を経ている建物ではどの時点をデータ化
するか一概には決まらなかったり、などの問題です。しかし当然、新築建物のBIMだけでは都
市を構築することはできないし、また活発に利用されている建物をデータ面でも活用しようと
思えば、その基本となる建築データが必要となります。
特に文化遺産、歴史的価値の高い建造物についてのBIMの手法を考える一連の活動は最近BIM
for HeritageやHistoric BIM(HBIM)などと呼ばれはじめました石造の多いヨーロパでは
壊れたり崩れたりしてもそのまま、当時の材料で残っていることが価値であると考えられ、そ
れらを歴史的文脈から正しくカテゴライズすることが英自分タイプとなります。日本では再建
を経て歴史的に受け継がれていくという形になり、考え方が若干異なってきます。しかしいず
れの場合でも、現場に残っているものの寸法や素材、意味的解釈などをデータ化することには、
その建物の利活用と言う視点のみならず、社会的なアーカイブとしての価値も期待することが
できます。

すでに都城市民会館や中銀カプセルタワービルなど解体に先駆けてデータ化された建物もあり
ます。過去に存在した建築物をデータ上で追体験し、その価値を再確認するという活動も考え
られます(それが必ずしもメタバースである必要はないですが、シナジーはありそうです)。
種々の権利関係やデータ公開の手法、閲覧環境などの整備も急務であり、やがて大きな動きと
なってくることを見据え、この領域で研究を志される方々が増えているように理解しています。
私の研究領域も「建築情報モデル学」と名乗る予定であり(要承認)、ゼネコンで培った設計
施工のBIMから建築物を未来へつなぐ道としてその知見を使えれば、社会に役立つ研究ができ
るかなとも考えています。

しかしながら思い起こせば、私はもともと歴史が苦手で、高校時代文系であった時から社会科
の点数がボロボロだったことを思い出して暗い気持ちになっています。大人になってから学ぶ
歴史学は教科書的な通史だけではないので、専門領域に引き寄せたり、ストーリーになぞらえ
ると面白い。その面白さを伝えるYouTubeも山ほどある。ミュージシャンのレキシがあれだけ
曲を書き続けられるだけの最強コンテンツでもある。そうわかってきたものの、いかんせんス
タートが遅いので、学生時代の怠慢を激しく後悔しています。
研究者になったら自分の専門分野をとことん突き詰めれば良いのか?いえいえ。今まで勉強し
なかった分野のツケがここに来て回っています。すっかり背表紙が日焼けしてしまった山川出
版社の教科書を引っ張り出し、もう一度読み直すところから始めようと思っています。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授