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コラム

3つの住宅における空間の多様性と
環境と建築の連続性

2023.09.05

パラメトリック・ボイス

               コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 杉原 聡

前回のモーフォシスの作品についてのコラムに引き続き、今回もモーフォシスの住宅2つと、
それらと同じくカリフォルニア州サンタバーバラ近郊に位置するバートン・マイヤーズの住宅
を取上げ、各々異なる内部と外部の連続性に対するアプローチと、コンピュテーショナル・デ
ザインの視点から見たそれらの意味について考察する。
 
筆者がUCLA在学時に授業の一環で住宅見学があり、UCLAの教員であるトム・メインのモー
フォシスによるブレーズ邸 (図1)を訪れた。ブレーズ邸は1997年に竣工し、後述する1990年
竣工のクロフォード邸や1992年竣工の6番街の住宅(トム・メイン自邸)における矩形の組合
わせや平面上の操作に比べて、立面における曲面を用いた形態操作が目を引き、脱構築主義建
築に見られる動的な形態の出会いや衝突が特徴的なモーフォシスの代表作である。

 図1. モーフォシス「ブレーズ邸」外観
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のMorphosisのWebサイトへ
  リンクします。

 図1. モーフォシス「ブレーズ邸」外観
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のMorphosisのWebサイトへ
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図2の平面図に記されるように住宅は北(正確には北東)に縦に伸びてY字状に分岐するボリュ
ムとその南側の根元で左右に接する矩形の部分から成り、その南方を道路に接する。根元の左
の矩形スペースは車庫であり、右側は彫刻家である施主のアトリエである。縦のボリューム内
の南側にキッチンとダイニング、中央にリビング、北側に寝室とトイレ、シャワールームがあ
る。これらの床は緩やかな傾斜のある敷地に合わせて、北へ向かって階段数段ずつ高くなって
いる。そしてそのなだらかに登るボリュームから右へ分岐してさらに跳躍しているかのように
プールの上にキャンティレバー構造でせり出す2階部分には書斎があり、そこからルーフテラ
スやベランダへ通じる。

 図2. モーフォシス「ブレーズ邸」平面図 (左:1階、右:2階) *1

 図2. モーフォシス「ブレーズ邸」平面図 (左:1階、右:2階) *1


縦のボリュームの1階の内部空間は、ドアは使わず断片的な壁や彫刻的な暖炉、敷地全体に描
かれた楕円の一部であるコンクリート壁によって緩やかに区切られており、全体が一つの空間
に感じられる(図4)。シャワールームですら壁で緩やかに区切られるのみで視界も遮られず
「一人か我々のようにカップルでしかこの住宅は住めないだろう」と施主の方は言っていた。
立面に見られる躍動の終端である2階の書斎は、コーナー窓から北側の山を望む以外はシンプ
ルな白い部屋であるが、後ろを振返ると1階の連続的な空間へ続く階段とルーフテラスが視界
に入り、建物の多様な形態と素材が眺められる。図1の写真に見られるように、1階のリビン
グから東側の庭に続く部分には、縦のボリュームの屋根から連続し、なおかつアトリエのボ
リュームの延長でもあるかのような長方形の庇が2本の柱に支えられて伸びている。この屋外
の庇と室内のリビングを区切る壁には窓が穿たれてリビングと庇の天井が続いて見えるように
なっており、外部の庭と内部のリビングの空間を連続させる意図が見える。ただリビングの天
井と庇の天井は同色の木材が使用されていたようだが、見学時には庇の天井だけが外気に晒さ
れて老朽化し変色していたのは残念である。また図3のようにプールの北側からは、キャン
ティレバーされて上空へ跳躍する書斎と、同じ縦のボリュームから西へ分岐して地面へ降下す
る屋根を持つ寝室、プールの水面、敷地全体に描かれる楕円のコンクリート壁、縦の軸に直交
して2階から飛び出すバルコニー、リビングの天井から伸びる庇と、多様な形態要素と建築素
材が豊かに交差する様が眺められて圧巻である。しかし眺める対象は素晴らしいものの、眺め
ている場所の空間は特筆する点の少ない敷地の端にあるプールの縁であり、多様な要素が交差
する寝室の下部空間も、要素がぶつかり合って圧迫感があり、長居したくなるような空間では
ない。平面図において特徴的な敷地に広がる楕円はコンクリート壁として庭と屋内に断片的に
出現し、それが建物の内部とは別の内外を統合した二次的な概念的内部空間を形成しそうにも
思えるが、筆者の1時間未満の滞在ではそのような二次的な空間は感じられず、主に感じられ
たのは縦のボリュームの、北へ高さを増して広がりを感じる、奥行きのある一つの空間であっ
た(図4)。

 図3. モーフォシス「ブレーズ邸」外観
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のMorphosisのWebサイトへ
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 図3. モーフォシス「ブレーズ邸」外観
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のMorphosisのWebサイトへ
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 図4. モーフォシス「ブレーズ邸」内観 *1

 図4. モーフォシス「ブレーズ邸」内観 *1


次に、同じくモーフォシスの設計によるクロフォード邸について述べる。こちらはモー
フォシス事務所勤務時に所員を対象にした見学会が開かれた時に訪れたクロフォド邸はブ
レーズ邸よりも5年早く設計され、傾斜する敷地においてランドスケープデザイン的視点を主
として取組まれた設計ではあるが前回のコラムでも述べたように三次元的な形態操作よりも
主として平面図上副次的に立面図上での形態操作が設計で成されたように読取れる住宅であ
る(図5)。
 
図5の平面図に示されるように北側に(正確には北北東)に三角形のエントランスコートを持
ち、南向きに傾斜する敷地を東西に建物が走る。エントランスコートから半階分階段を登った
上階に建物の玄関があり、そこから東西に伸びる廊下に入る。その廊下の東西の軸の南側に接
続されるように東から主寝室、リビング+ダイニング、駐車スペースの3つの矩形ボリューム
がある。そしてそれらと独立して、膨らみのある柱や上階のヴォールト屋根を支える鉄柱、そ
れに載る鉄の梁が建物全体の東西方向に規則的に繰り返される(図7)。膨らみのある柱は図8
の手前のコンクリートのように時には何も支えず、また上階のリビングでは暖炉として現れ、
またある時は木材に包まれた鉄骨となったり、周りの文脈により素材や機能が変わる。また膨
らみのある柱と同じ間隔で上階の屋根の上からスカイライトのボックスが飛び出しており、
ボックスの北側に窓がはめ込まれ光を取り込むが、東の端では建物のボリュームから膨らんだ
柱と共に半分飛び出し、それぞれ上階と下階の外壁となる(図8のコンクリートの後ろの木材
パネルの外壁)。下階には上階の3つのボリュームの下に東から寝室、メイドの居室、アトリ
エがあるが、それらの部屋の間に大きく外部空間が侵入しており、建物中央には南へ伸びる
プールに繋がるテラスがある。敷地にはブレーズ邸で見られた楕円のように大きな円が描かれ
ており、母屋の北側の塀や敷地内の車道の縁、離れのゲストハウスの外壁となる。

 図5. モーフォシス「クロフォード邸」平面図 (左:下階、右:上階) *1

 図5. モーフォシス「クロフォード邸」平面図 (左:下階、右:上階) *1


 図6. モーフォシス「クロフォード邸」外観
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元の
  Thomas Fleming Marble,AIA ARCHIVEのWebサイトへリンクします。

 図6. モーフォシス「クロフォード邸」外観
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元の
  Thomas Fleming Marble,AIA ARCHIVEのWebサイトへリンクします。


玄関を入り廊下を西に進むと、図7に見られるように、異なる素材のパネルが2面に貼られた
上階の鉄柱と梁が規則的に現れつつ、鉄、木、ガラス、コンクリート、石、塗装された壁の白
など多様な素材が現れ、なおかつ東西にもわずかに傾斜する敷地と対話するかのように上階の
床面にも多少の高低差がある。素材の多様性は屋内だけでなく図8のように、外部でも積極的
に表現されている。上階廊下の東の突き当りで外部に出るドアを通り、階段を半階下ると東の
車庫があり、折り返してもう半階下ると下階に到達する。そこから更に東に半階下るとアトリ
エがあるが、西へ廊下を辿ると一度メイド居住部の屋内空間を通り、そしてまた外部へ出て、
右手に南のプールを望む、石のパネルで覆われたテラスに辿り着く。テラスから大階段を半階
下るとプールと庭へ行けるが、西へ直進して少し登ると下層のエントランスコートに至る。そ
こにまた母屋へのドアがあり下層の階段室へ入る。その階段室を半階下がると下階の寝室、半
階上がると上階の主寝室に通じ、最初の上階の玄関へたどり着く。このように東西の断面を上
がったり下がったりしながら周回する導線上では多様な高低差のみならず、空間が屋内・屋外
と目まぐるしく変わり、更に様々な建築素材と触れ合う。だがこのような多様性の一方で、常
に一定の間隔で現れる膨らんだ柱や上階の鉄柱が安定したリズムを刻み、空間に一貫性を与え
ると同時に、その構造要素が異なる空間で異なる素材や機能を持って、まるで空間と対話しな
がら変節しているようである。導線上の多様な高低差は、ランドスケープに着眼した初期の設
計過程から生まれたと考えられるが、それにより生まれるランドスケープに身体が編み込まれ
るような空間体験は、前回のコラムで記されたダイヤモンド・ランチ高校や、筆者が中庭ファ
サードを設計し、傾斜する中庭が人工ランドスケープとして機能するエマーソン大学ロサンゼ
ルス校においても体験されたことであり、予期と異なる空間が出現するという良い意味での迷
宮のようである。クロフォード邸におけるこのような導線上の豊かな空間体験は、それを主眼
に設計されたというよりは、建築とランドスケープの関係、素材の組み合わせの多様性、構造
体の規則性と柔軟性、要求される居住プログラムの配置、これら全てが組合さり交差した結果
であるように筆者には思われる。ただし、これらの空間の多様性は主に自身が空間を移動して
回った時に動的に立ち現れるものであり、ある部屋に留まっている時には多様な素材に包まれ
ている感覚と、規則的な構造が連続による動きの感覚は多少感じられるものの、屋内空間とし
ては比較的静的な空間に感じられた。

 図7. モーフォシス「クロフォード邸」内観(元画像が左右反転しているため向きを修正してある)
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のMorphosisのWebサイトへリンク
  します。

 図7. モーフォシス「クロフォード邸」内観(元画像が左右反転しているため向きを修正してある)
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 図8. モーフォシス「クロフォード邸」外観
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のMorphosisのWebサイトへ
  リンクします。

 図8. モーフォシス「クロフォード邸」外観
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最後に、上記2つの住宅と同じくサンタバーバラ近郊に建つ、UCLAの教員でもある
バートン・マイヤーズによる設計の自邸、トロ渓谷の住宅について記す。この住宅には前述し
たUCLAでの住宅見学でブレーズ邸の直後に訪れた。この住宅は住宅地のほぼ北端の山奥にあ
住宅に隣接する山を含む38エの巨大な敷地(価格が高騰していなかった90年代に敷
地を購入し、山の命名権も付いてきたとマイヤーズ氏は言っていた)に、鉄骨とガラスからな
る箱型の建物が敷地の傾斜に沿て3棟並ぶ(図10)高い位置にあるのが仕事場の離れの書
斎、中腹が母屋、低い位置にあるのがゲストハウスである。母屋の前の庭はゲストハウスの屋
根の高さと同じで、ゲストハウスの屋根には山火事の防火機能も持つ池があるため、母屋から
南を眺めると図12のように、遠景の海へ連続する水面が眺められる。3棟とも建物の南側はガ
ラスのロルシャッタとなっており、南方を全て開け放てる。母屋のリビング、ダイニング、
キッチンは天井が高く開放的な南側のボリュームに収まり、プライベートな空間は北側に接続
する低層のボリュームに収められる。また北側のボリュームは一部屋分東西に飛び出してそれ
ぞれ寝室となり、寝室前の角のスペースはそれぞれ小さな庭を形成する。

 図9. バートン・マイヤーズ「トロ渓谷の住宅」
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のAD&A MUSEUMのWebサイトへ
  リンクします。

 図9. バートン・マイヤーズ「トロ渓谷の住宅」
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 図10. バートン・マイヤーズ「トロ渓谷の住宅」平面図 、断面図 *2

 図10. バートン・マイヤーズ「トロ渓谷の住宅」平面図 、断面図 *2


この住宅を訪れた時の筆者の空間体験は、敷地の山沿いの傾斜を木々の下をくぐりながら登り
3つの棟に出会ったり、母屋を東西に歩いて東の小さな庭、池のある中央の大きな庭、西の小
さな庭、そこから入る主寝室のスペースの親密さといった導線上の多様性もあったが、最も印
象深かったのは、母屋のリビングスペースに佇んだ時に感じた、南側のシャッターも東西の天
井まで届く窓も開け放たれた状態ながらも、半分屋外にいるような感覚は無く、建物に抱かれ
て屋内の居住空間にいるという安心感と、しかしそれと同時に外部の池と海の水面や、風と木
々と山肌のゆらぎ、空の移ろい、近くを流れる渓流のせせらぎが、屋内に自身が静止していて
もその空間を動的にしているという感覚であり、極めて心地良い空間体験であった。このよう
な空間は、借景と同様の手法で達成されていると考えられるが、具体的には広い敷地の中のど
の場所、どの景色、どの木々に囲まれ、どの山肌が見え、どう渓流が聞こえるかや、どのよう
な窓、どのような高さで空や景色が切り取られるかと言った建物と環境との関係性が入念に検
討されて達成されているのではないかと考える。

 図11. バートン・マイヤーズ「トロ渓谷の住宅」
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のArchitizerのWebサイトへ
  リンクします。

 図11. バートン・マイヤーズ「トロ渓谷の住宅」
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 図12. バートン・マイヤーズ「トロ渓谷の住宅」
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のthe MASHのWebサイトへ
  リンクします。

 図12. バートン・マイヤーズ「トロ渓谷の住宅」
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のthe MASHのWebサイトへ
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以上、いつものコンピュテーショナル・デザインに関わるコラムと異なり、住宅見学の感想文
のような文章となってしまったがこれらの住宅に共通することは内部と外部建物と敷地、
建築と環境の連続性に着目され設計されているということである。ブレーズ邸では第2の人工
的ランドスケープとしての屋根曲面の自律性と敷地の起伏の関係から内部空間が生まれて、そ
の結果動的な建築形態が導かれ(そしてこの設計手法が前回のコラムで述べられたモーフォシ
スのその後のランドスケープ建築へ繋がる)、クロフォード邸では敷地の起伏との関係から床
面の多様な高低差が生み出されて、なおかつ内部ボリュームと外部が入り組んで内外が混ざり
合っている。トロ渓谷の住宅では、環境が与える情報が入念に検討され、それらを選び取り、
調理する仕組みとしての建物が設計されている。これらを、設計の仕組みの設計としてのコン
ピュテーショナル・デザインの視点から考えると、仕組みが扱うパラメータの違いとしても考
えられる。しかし、今日のコンピュテーショナル・デザインでは、ブレーズ邸のような敷地を
入力パラメータとして形態が内部パラメータを持ち自律的に発展する仕組みはまだ扱い易いも
のの、クロフォード邸のような高低差や内部・外部ボリュームの構成は慣習的には設計者の恣
意性と直感からなされる事が多く何故その構成とするかのルールが不明瞭であることが多く、
トロ渓谷の住宅ような借景の手法は、3D Isovist分析による視界情報を扱う手法などは取組ま
れているが、建物と同じ解像度で考えると環境の情報量は建物の情報量より膨大になる上に、
視覚・聴覚・触覚などのマルチモーダルな情報も関係し、また海・山・空と言った認知的な側
面と心理学的効果は、以前のコラムで触れた離散的情報のような、これまでのコンピュテー
ショナル・デザイン手法ではまだ扱いが困難な情報である可能性が高い。
また、設計の生成に関わるパラメータとは別に評価に関わるパラメータも設計過程では存在す
る。上記で述べた筆者の空間体験では、空間の動的多様性において3つの住宅について違いが
あったが、これは一つの評価軸に過ぎない。環境性能や経済性、居住の利便性など現実の建築
の評価は多様なものである。また建築理論の歴史という観点からすると、ブレーズ邸のような
建築理論の前進に寄与した価値といった、居住者の視点からは離れた価値すら存在する。
これらの事は現在のコンピュテーショナル・デザインには扱いにくい領域が現実にはまだまだ
存在することを示す。またそれと同時に、困難はあれどコンピュテーショナル・デザインが今
後発展する余地がまだまだあることも示している。そのような領域を開拓して手法を編み出す
のは一朝一夕にできることではないが、少なくとも設計者はできる限り広くパラメータを意識
し、全てのパラメータを盛り込んで処理することが現実的でない現状では、どのパラメータに
着目し、どれは脇に置くかを意識的に決断してその影響に責任を持つべきであろう。そしてそ
れでもなおできるだけ包括的な視点は失わないように心掛けるのがパラメータに対する適切な
姿勢であるように思われる。


参考文献
*1 二川幸夫、二川由夫 (2013)「世界現代住宅全集 15 モーフォシス クロフォード邸、
  ブレーズ邸」ADAエディタトーキョー
*2 二川幸夫 (2020)「GA HOUSES 171: 50 Houses from Archive」ADAエディタトーキョー
 

杉原 聡 氏

コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 代表