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コラム

情報空間と、ヒトのための器

2026.01.15

パラメトリック・ボイス              髙木秀太事務所 髙木秀太

 イラスト:溝口彩帆

 イラスト:溝口彩帆


インターネットと夢
 
僕がインターネットにはじめて触れたのはいつのことだったろうか。1997年~1998年頃だっ
た気がする。僕が通っていた中学校が実験校かなにかで、コンピューターとインターネットを
試験的に教室に導入していたんだ。指導をする先生がコンピューターを起動して、「これで
一瞬にして世界の人たちと繋がれる」と言った。ああ、すごいことだ、と思った。これまでと
はまったく異なる新しい時代がやってくると、直感的に理解が出来た。そして、授業後、友達
とこんな話をしたのをよく覚えている。「インターネットを通じて、これからは世界中の人た
ちと仲良くなれるんだね!」
 
「比べること」でしか生きられない世界

幼いころの僕は、コンピューターやインターネットに、ある種新しい時代の希望たる「平和実
現の鍵」みたいな役割を期待していたように思う。だけど、残念ながら現実は残酷。あれから
30年経ってデジタル技術は当たり前のものになったけど、いま結局、世間を賑わすキーワード
は「分断」や「格差」。インターネットはヒトの暮らしをたしかに便利で豊かにしたけれど、
同じくらいにヒトの醜い部分も強調してしまう道具だったように思うよ。終わらない戦争、経
済格差の拡大、根深い人種差別、ルッキズムの加速―――今日もどこかで、持つ者と持たざる
者がネット上でいがみ合っている。そう、「世界中のヒトといつでも繋がれる」ということは
すなわち、「世界中のヒトといつでも比較が出来てしまう」ということだったんだ。高度にデ
ジタル化された現代とは、「誰かと自分を比べることでしか個人が成り立たない」、ちょっと
言い過ぎかもしれないけど、こんな時代になってしまったと僕は思っているよ。

 イラスト:溝口彩帆

 イラスト:溝口彩帆

 
ではいま、建築になにができるか
 
こんな話を建築学部の授業で話してみたら、若い世代からこんな反応が。「若いころの高木先
生がインターネットやデジタル技術に、そんな世界平和みたいな夢を期待していたこと自体に
驚く。自分たちの世代はそんなことまったく期待できないと最初から思っているし、多分、こ
れからもだれもそんなことを期待しないと思う」。ガツンと衝撃を受けた気分。いや本当に
若い人のほうが世界をずっと冷静に見ているね。そして、その後、話をさらに深掘りしていく
と、「では、そんなデジタル社会のいまこそ、建築空間になにが出来るだろうか」という強い
問いを投げかけてくれた。期待しないという態度は諦めではなく、前に進んでいこうとするポ
ジティブな姿勢の表れ。心強い。
 
岐阜の森、あるいは、器のなかで
 
先日、岐阜に出張の機会があったので「みんなの森 ぎふメディアコスモス」を見学した。
土曜日の昼下がり、一枚のうねった大屋根の下に集う町の人々。あらためて建築空間という可
能性に魅せられた気がする。建物の広さが、高さが、ゆったり流れる空気が、一極に集中した
膨大な情報を心地よく散らしてくれている。この空間に「分断」や「格差」そして「比較」
は無かった。緩やかに繋がる情報空間。とても美しい光景だった。初めて訪れた僕でさえもこ
の町の一員になれた気がしたほど。
 
いま、もう一度、ヒトがヒトであることの意味を問い直す時代に来ていると、僕は思う。結局
ヒトはこのリアルな世界でしか生きてはいけない。そう、リアルが基準。このリアルな世界で
生を受け、食べ、眠り、誰かを愛し、誰かに愛され、老い、そして、死んでいく。きっと、建
築こそが、そんな世界で一生懸命生きるヒトも、目まぐるしく交差する情報も、等しく受け止
められる可能性のある大きな「器」なんだ。きっとヒトもデジタルもインターネットも「器」
の中でこそ輝く。
 
ぎふメディアコスモスに降り注ぐ穏やかな光と影。これらを演出するテキスタイルの傘の下に
潜ったとき「ああ、まさにヒトのための器だな」と思った。建築はまだまだやれる。僕もリア
ルとデジタルと双方の視点から、新しい器を探し続けたいと思う。

 イラスト:溝口彩帆

 イラスト:溝口彩帆

髙木 秀太 氏

髙木秀太事務所 代表