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BIMが描けない「行間」 ― 暗黙知の合理性
2026.03.03
パラメトリック・ボイス 三建設備工業 日比俊介
前回のコラムで、建設現場での判断が難しいのは「情報の形」が現場の実態に合っていないか
らだ、という話をした。図面や工程表といった「離散情報」から、動き続ける現場の「連続情
報」を頭の中で再現しなければならない。このハードルを乗り越えるために、現場の人間が無
意識のうちに駆使しているのが、いわゆる「暗黙知」である。
建設業は“暗黙知に依存している“と言われる。暗黙知というのは、“言葉にできない知識”とい
うよりは、“言葉にするコストがあまりに高すぎて、いちいち説明していられない知識”である。
これを誤解すると、暗黙知を過度に神格化したり、逆に非効率なものとして否定したりする。
現場では、作業員も監督も膨大な微細判断を繰り返している。「今のうちに配管を施工しない
と、後続の設備に阻まれて手が届かなくなる」「図面では納まっているが、作業スペースが
十分でない」「機器を搬入するなら、LGSが立つ前にルートを確保しなければならない」と
いった、物理的な制約に伴う判断が無意識的に行われている。
この“無意識の連続判断”を言語化し、BIMモデルに情報として入力することは不可能に近い。
なぜなら、分解するコストが膨大だからだ。例えば施工の“段取り”を言語化しようとすると、
「なぜその順番なのか」「なぜそこで仮置きなのか」「なぜその日にやるのか」など、説明す
べきポイントが無数に出てくる。段取りとは、空間、時間、作業、材料、人的状況、あらゆる
変数を一度に扱う認知作業だ。これを逐一言語にしていては日が暮れる。だから、多くのベテ
ランは“言語化するよりやった方が早い”と判断する。これは怠慢ではなく、合理的な選択と言
える。
さらに現場では“即応性”が求められる。現場というのは、静止していない。天候が悪化すれば
変わる。搬入が遅れれば変わる。他工種が遅れれば変わる。つまり毎日が別の条件だ。同じ状
況は二度とない。こうした環境では、“再現性”より“即応性”が優先される。標準化やマニュア
ル化だけでは追いつかない。暗黙知が蓄積されるのは、この環境特性による結果だろう。
もちろん暗黙知のブラックボックス化は属人化を招く。しかし、問題は暗黙知そのものではな
く、それを扱う“情報構造”が整備されていない点にある。私は、暗黙知の“形式化”より“構造
化”が重要だと考えている。ひとつひとつの判断を言葉で教えるのは難しくても、判断の背景
にある「空間・時間・作業・リスク」といった要素の絡み合い(構造)を整理して共有するこ
とは可能だ。まずは「何を見るべきか」という思考の枠組みを正しく手渡す。そうすることで、
現場の状況に応じた細かな調整は、本人が実務経験を積む中で自律的に補完していくことがで
きる。これこそが、属人性を排した技術継承の現実的な解となるのではないだろうか。
暗黙知は消えない。むしろ、不確実な環境を動かすための接続点である。これを“個人の頭の
中”という小さなストレージから解放し、客観的な“構造”として扱えるようになれば、個人の
強みを活かしながら組織としての再現性を高められるはずだ。
これまでのBIMを起点とした様々なSaaS群が暗黙知を扱いきれなかったのは、情報の器が静
的なままで、現場の「動的なプロセス情報」を載せる基盤として機能していなかったからだ。
AIネイティブな時代において、我々がデジタルへと昇華させるべきは、個人の勘や経験そのも
のではなく、そこにある“現場を動かす論理”である。バラバラな情報を繋ぎ合わせ、一つの
“流れ”へと編み上げていく日本独自の知恵。この“暗黙知の構造化”が、停滞する建設業の推進
力になると考えている。




























