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コラム

ライフサイクルBIM11
~建物オーナーのビジネスに資する現況BIM

2026.03.17

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

竣工後の運営フェーズにおける建物維持管理は経年劣化や故障への対処という点で重要なもの
である。しかし、事業や居住をはじめとする各種アクティビティのニーズに応じた部位・機器
の性能諸元の適正化もまた、建物ライフサイクルマネジメントに必要不可欠な要素となる。長
期間運営方針や利用方法が大きく変わらなければ建物への要件も変化しないため、竣工時の状
態を維持管理によって適正に確保すればよい。しかし、数十年という単位で建物を使用してい
く際、事業環境や事業方針の変化によって建物の運営方針や利用方法が変わることは珍しくな
く、それらが時として建物のあり方や求められる性能諸元に大きな影響を与えることとなる。
 
建物をオーナーの事業リソースのための函・入れ物と捉えてみる。事業方針の変化によって建
物に格納する事業リソースを追加したり交換したりする際、それに応じて新たな入れ物を用
意(建物を新築)するのであれば要求条件を元に新規の設計を行えばよい。しかし、入れ物が
既存建物である場合、最初に建物の状況を把握し、変更する事業リソースを適正に格納し稼働
させることができるかを調べなくてはならない。問題なく移行できればよいが、「そうでない
場合は入れ物に合わせて方針を変更する」、「ほかの適当な入れ物を探す」、「事業リソース
を適正に格納・稼働できるよう入れ物に手を加える」等から選択しなければならない。入れ物
に手を加える判断をした場合、次にどのような改修が必要となるかを検討することとなる。こ
のように、オーナーの事業方針と、事業リソースの入れ物となる建物のあり方は相互に影響し
合う関係であることがわかる。
 
筆者が関わる情報通信施設のための建物ライフサイクルマネジメントを例にあげると、建物に
格納される事業リソースは主としてコンピュータやネットワーク機器をはじめとするICT機器
となる。改めて書くまでもないが情報通信の事業環境は、技術の進化もビジネスの変化も非常
に速い。情報通信施設は事業リソースと入れ物である建物の関係が最もダイナミックに変化す
るもののひとつであると言えるだろう。
情報通信事業における主な事業リソースであるICT機器や情報通信装置は技術の進化と集積率
の増大に伴い、単位面積・単位体積当たりの重量、発熱量、消費電力は年々増大している。併
せて情報通信の拡大や通信網のノード構成の変化による集約により、装置の追加や更改といっ
た事業リソースの変更が頻繁に発生する。
情報通信事業の方針による最新のICT機器への更改や需要増による増設を行う場合、建物オー
ナーはまずそれらの機器を設置対象とする情報通信施設に設置可能かを調べる。設置の可否は、
「適切な設置場所があるか」、「設置する場所の空調の冷却能力は足りるか」、「電源容量に
余裕はあるか」等によって決定される。条件を満たしていない場合は改修を選択し、状況に応
じたスペース・空調容量・電源容量等の適正化とそれらにどのくらいの期間とコストを要する
かの検討結果を元に実施判断を行う。
 
事業リソースの追加・変更に伴う建物改修の要否は、一般的には建物オーナーの依頼を受け建
物サービス提供側が検討を行う。変化する建物への要件を分析し、意匠・構造・設備……とそ
れぞれの技術領域に対して情報を分配・提供し、それぞれが検討したものを持ち寄り、取りま
とめたものを調整・整合化して検討結果と改修提案を返す、というのが従来の手順だった。こ
れにはある程度の時間を要するため、事業方針の変更に即応する建物の変更提案と実施判断の
迅速化に対する課題となっていた。
当然のことだが、建物オーナーは事業方針の変更による事業リソースの追加・変更の可否と改
修工事の要否をすぐにでも知りたい。事業リソースの稼働開始が一日遅れることが多大な機会
損失に直結することを考えると、このような話は何も情報通信施設に限ったことではなく、生
産施設であっても商業施設であってもその他の様々な事業施設であっても同じことだろう。
 
既存建物の現況情報を現況BIMモデルとして整備し常に現行化することで建物の最新の状況を
把握でき、改修の検討や設計を行う際の元データとして利用できる。これが建物ライフサイク
ルマネジメントへのBIM導入の最も基本的な考え方となる。点検・診断結果に基づく整備計画
の立案においても、構築と保守を含めた建物サービス提供側全体で現況BIMを共有することで、
課題の明確化と領域横断的な施策立案が可能となる。
一方、事業方針の変更に基づく改修は、建物オーナーがどのように事業リソースを変更しよう
としているかの理由や背景を汲み取り、理解した上で建物への要件に投影し検討と提案を行う
必要がある。このプロセスの短縮化とともに建物オーナーの意思と建物の変更を適合させるコ
ミュニケーションの円滑化に現況BIMが活用できれば、BIMが単なる建築業務のためのデータ
から現実建物と連携する仮想建物としての価値につながると考える。
 
現在、現況BIMを建物オーナーとの共有情報から協働の場に拡張する取り組みを行っている。
既存建物の性能諸元や改修に影響を与える事業リソースを現況BIMに統合し、建物を含めた事
業環境全体をデータとして提供し、建物オーナーが事業リソースと事業ツールの関係を常に最
新の状態で把握できるようにしている。併せて事業方針に基づく事業リソースの追加・変更の
イメージをBIMモデルに書き込んでもらい、それらを要件として受け取り、建物改修の要否や
内容の検討をタイムリーに建物オーナーに提案する。BIMはコミュニケーションのツールであ
るというのはその黎明期から言われていることだが、共有を超えた協働の場に建物オーナーが
参加することで、現況BIMが事業方針の的確な意思伝達と迅速な意思決定の場として機能する
ようになってきている。
課題もある。建築の専門知識がなくても事業視点で現状を把握し評価できる簡略な表現や、複
雑かつ難解な操作を要求しないUIの提供、事業リソースと建物の現況を互いに勝手に改変しな
いようにする情報の責任分界点の明確化と相互のデータの保護、等を実現する協働環境が必須
となる。
このような協働の場で建物オーナーを支援するAIは重要な役割を果たす。設計をはじめとする
建物サービスのためのAIはエージェントだが、建物オーナーに必要なのはコンシェルジュのよ
うなものとなる。現況BIMモデルに少し工夫と加工を加えると、AIが非常にわかりやすく言語
で建物ライフサイクルマネジメントをガイドしてくれる。また、BIMツールの操作を支援する
ようにもなってきた。
これらの素材を組み合わせることで建物オーナーがライフサイクルBIMの主要なアクターとな
り、現況BIMが建物オーナーのビジネスに資する事業情報に昇華することが、建物ライフサイ
クルマネジメントにおけるBIMモデルの価値を上げるものだと実感している。

    先日ようやく観にいくことができたブライアン・イーノのジェネラティヴ・ドキュ
    メンタリー映画『Eno』。映像素材を組み合わせた映像自動生成システム
    「Brain One(ブライアン・イーノのアナグラム)」により、毎回構成と内容が異
    なるものとなるらしい(一度しか見ていないので何が変わるのかは確認できてい
    ない)。
    長年ポピュラーミュージックの世界にいながら一般的なミュージシャンやプロ
    デューサーとは一線を画す独自の立ち位置を確保し続けた姿は、建設業界における
    BIMの人たちを想起させる。それでも信念の人というわけではなく、アンビエント
    ミュージックを始めた最初の頃の批評家による批判は辛かったといったコメントを
    含め、人間味あふれるインタビューはとても興味深かった。

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    なるものとなるらしい(一度しか見ていないので何が変わるのかは確認できてい
    ない)。
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    ミュージックを始めた最初の頃の批評家による批判は辛かったといったコメントを
    含め、人間味あふれるインタビューはとても興味深かった。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 FIMセンタ