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「もしもボックス」は「もしもしボックス」から
来たのか
2026.04.28
パラメトリック・ボイス 竹中工務店 / 東京大学 石澤 宰
昨今のClaudeやGeminiの優秀さによって、情報というものの捉え方がずいぶん変わったと感
じます。こちらから聞くことが多少間違っていても会話は通じ、必要ならやんわり訂正までし
てくれる。これは少し前まで想像するのが難しかったことでした。
10年ほどまえ、会社が保有する図面から様々な情報を集めて設計者の知識として役立てよう、
という活動をした際につまづいた様々なポイントのうちひとつは「部屋の名前があまりにもバ
ラバラすぎる」ことでした。お手洗いにつけられた部屋名が「便所」「トイレ」「化粧室」
「WC / MWC / WMC」、それらの半角・全角や(バリアフリー)(オールジェンダー)など
のバリエーション……。人間が見ればどれもトイレであるこれらが本質的にはすべて同等なも
のである、ということは情報処理的には「名寄せ」──つまり、変換によって何らか一つの名
前へ統一を必要とすることでした。他にもエントランスホール/ロビー、オフィス/執務室、
食堂/カフェテリアなど枚挙に暇がなく、そのための辞書・オントロジーを作ることには(当
時の見積によれば)一千万円をゆうに超える予算がかかる。だからあきらめるか、自分でなん
とかするしかないか……。ここで止まるのが常でした。
だからこそ、マシンリーダブルな情報を貯めておきたいのであれば、最初から情報はコードで
管理するべきである。5桁なり6桁なりの番号が用意されていて、全ての部屋はその用途から番
号が一位に定まるので、名前によらずそのコードを読みにいけばよい。だからそのようなコー
ドを整備しよう。きわめて妥当な考え方です。しかしこれはこれで、以前空港のプロジェクト
で「PD」という名称の謎の部屋があり、調べた結果Police Dog=麻薬探知犬の部屋だった際
には知らない部屋用途はまだまだあると痛感したものでした。近年テレカンブースなどと呼ば
れる防音された個室が存在することがありますが、これは数十年前だったら「電話ボックス」
と呼ばれたものと同じなのか、違うのか。ありとあらゆる部屋を網羅する「全地球カタログ」
のようなものを実現するのは想像以上に大変です。そのような苦労は、情報を使おうとする人
間にとって「下ごしらえ」として通過しなければならない非常に厄介な(そしてなかなか実現
しない)洗礼であり続けました。

ところが大規模言語モデルというのは、このあたりを非常にうまく処理します。「トイレに異
なる名前がいろいろついていますね」とか「例外的な部屋が複数見つかるので個別にリスト化
しますか?」というような軽さでこのあたりを処理できてしまうのは、10年前に挫折した人間
としては笑ってしまうくらいの変化です。あらためて、昨今のAIはエンジンの処理能力に加え
て「あらかじめ大量のデータを学習済みであること」が強いのだということを実感します。
上記はつまり、構造化データの非構造化データに対する優位性が小さくなってきた、というこ
とだと考えられます。あらかじめ厳格に設計されたデータベースに格納された構造化データだ
けが信頼できる情報処理に資する、という考え方はゆらぎ始めています。それがテキスト・画
像・音声など何らかのデータでありさえすれば、それを分析可能な形にするまでにそう何分も
かからない。それを可能にしているのは生成AI(LLM)と検索技術(RAG)、AIaaSなどと呼
ばれ始めた環境です。
だからといって構造化データの必要性がすぐさま揺らぐということは考えにくく、厳格に運用
しなければならない台帳や金融情報などはこれからも、規格化された情報による誤りのない運
用が目指されることでしょう。その一方で非構造化データの価値は大きく上昇してきています。
この点が私の研究を非常に面白くしています。
先般のコラムで「記憶する壁、歌う床、怒る天井」という研究ビジョンについて書かせていた
だきました。建築がしゃべる、それもその建築のこれまでの「記憶」のようなものについて話
す。それによって人々と建築はより近い距離感、より良い関係性を築いていけるとよい。その
ように考えています。
では、その建築の記憶はどのように堆積してゆくのか。私が試してみたいのは、人々がその建
築について想いを巡らせ、書いたり話したりしたもの。それこそが一次データになりうると考
えています。哲学者 坂部恵『かたり──物語の文法』(弘文堂、1990)によれば、より素朴
で直接的な「はなし」に対して、一定の筋あるいは起承転結の結構をもった言説で統合、反省、
屈折を孕みうる「かたり」は、同じ発話行為であっても異なる性質を持ち、「はなし」よりも
上位の階層に位置付けられるとしました。また、「かたる」は「かたどる」の類型として、バ
ラバラのものをとりあつめて統合すること、さらに時には「騙る」にも通じる『再構成された、
統合度の高い行為』と位置付けます。
これまで、人々が自由に語った内容というものは、標準化されていない、また主観や偏見を含
みうるものとして、分析的に取り扱いづらい内容と考えられてきた節があります。「分析が定
性的すぎる。もっと定量的に」という指摘を受けたことのある方も少なくないかと思います。
しかし定性的といわれるデータ形式・分析手法のほうが扱いやすい性質の内容があることは確
かです。そして、私はその領域を掘り下げることで、人々の建物に対する愛着を目に見えるも
のにしていきたい。
また、ときに「かたり」は、発話以外の形を取るかもしれません。創作物に登場する建築や、
キャラクター化された建築など。これらもまた形を変えた「かたり」であり、そう考えればそ
こに投じられた人々の熱量はまさに「愛着」そのものです。
そうだとすればこれは、様々な形で行われる「推し活」をとらえ、「かたり」の形で記録する
こととも言えるように思います。そういうことなら私の得意中の得意。推し活をBIMと連携す
る方法。よもやアイドルヲタクを続けてきたことの出口の一つがここにあろうとは夢にも思っ
ていませんでした。後付けながら振り返ってみればこれは、何かを推してやまない人々の熱量
が生む上昇気流に私が惹かれてやまないので、なんとかそれを残る形にするために自分のリ
ソースを使いたいと思っている。そういうことであるのかもしれません。
ちなみに私は先日とある男性アイドルグループのコンサートを目にする機会があり、何かと学
ぶところがあったのち、やや深みが視界に入りつつあります。ヲタ活も界隈が異なると挙動も
異なって何かと興味深いものです。もしガチってしまった場合にはそのうちこのコラムにも登
場するようになるかもしれません。とりあえず少し沼にハマってまいります。


























