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コラム

チャッピーに背を向けて学生たちと一緒に石と
向き合うことにしました

2026.06.18

ArchiFuture's Eye                  広島工業大学 杉田 宗

春を通り過ぎて夏になりそうな勢いですね。今回のコラムでは、私の研究室で新たに取り組ん
だ、少し風変わりで、それでいてこれからの建築教育のあり方を深く考えさせられる課題につ
いてお話ししたいと思います。
 
生成AIの登場で過剰なデジタル化と、それに伴うリアリティの喪失というジレンマに直面して
います。「もっともらしい」デザインや空間が生成AIによって出力される時代に入ってしまっ
たと感じます。しかし、そこに決定的に欠けているのは、私たち建築家が歴史的に格闘してき
た「論理の構築」であり、そして「制御不能な物質世界との生々しい干渉」ではないでしょう
か。AIが提示する膨大なパターンに溺れず、自らの「意志」を貫くタフな建築家をどう育てる
か。そんな問いからスタートし、デジタルファブリケーションと歴史的古典を交錯させる実験
的なデザイン論のプロセスを新しく入ってきた3年生9名と一緒に考えました。
 
この課題の最初のステップでは、ルネサンス期の建築家アンドレア・パラディオの代名詞であ
る「Villa Rotonda」を全員で共同分析することから始めました。パラディオの建築は、平面
図や立面図に見られる徹底的な対称性と、特定の整数比によって支配された「有理数の塊」で
す。それは設計者の気まぐれや主観的な物語(ナラティブ)を排し、幾何学というアルゴリズ
ムによって空間を統治しようとした、いわば「アナログ時代のコンピュテーショナル・デザイ
ン」の祖型と言えます。
 



 学生たちは図面から目に見えない軸線や補助線を見つけ出し様々な比例を探ることで建築
が装飾以前に強固な「設計の骨格(Partiパルティ)」によって成立していることを身体で学
びます。この抽象的な思考力を徹底的に鍛え上げることが、画面の中の綺麗さに騙されないた
めの「建築の体幹」となるのです「Villa Rotonda」の後にはそれぞれにパラディオのVilla
やPalazzoを一つずつアサインし、各自で同様の分析をすることを課しました。
 
次の週には「こぶし2個分くらいの石を拾ってきなさい」と伝えました拾ってきた石は完璧
な四角形も水平面も持たない自然界のノイズそのものですこれを3Dスキャンしてデジタル
空間に取り込み、その「無秩序な塊」の内部に、先ほど各自が分析したパラディオのVillaや
Palazzoの「完璧な幾何学(Parti)」を再現する課題を与えました。
 
3Dスキャンされた歪んだ石のデータと対峙するとき、学生たちは強烈な不条理さに直面しま
す。「この歪んだ塊のなかの、どこを地面の高さ(GL)とするべきか」「最初の基準となる部
屋を、どこに配置すれば秩序が生まれるのか」これが今回の課題のピークであると感じていま
す。しかし、これは実務における変形敷地や傾斜地への対応のメタファーであると同時に、よ
り初源的な「混沌の中に、人間の意志によって最初の線を引く」という、建築行為そのものの
歓びと苦悩を体験させるものです。学生たちは石の尖った突起や凹みを食い入るように観察し
ながら、自らの建築の「軸」を探り続けました。
 



 もう一つのピークは石とパラディオの空間が3D画面上で重なり合い物理的に干渉する瞬間
です。パラディオの幾何学をそのまま突き通せば、石の表面を突き抜けて建築の部屋が外に露
出してしまいます。逆に石の形状を優先させれば、パラディオが命とした美しい比例や対称性
が歪んでしまいます。「Partiと石がぶつかる部分で、何を優先させるのか」。この問いに、あ
らかじめ用意された正解はありません。
 
ある学生は、石の激しい起伏をあえて受け入れ、パラディオの厳格な構成と石を対比させまし
た。またある学生は、建築の中心部分の比例だけは絶対に死守し、石と接触する外周部の部屋
を、石の輪郭に合わせて削り取りました。ここで学生たちが行っているのは、単なる3Dモデリ
ングの操作ではありません。「設計の骨格(Parti)」と「制御不能な物質世界(Material)」
の間で、建築家としての優先順位を決定するという、極めて高度な批評的判断です。
 
最終的に、学生たちは3Dプリンターを用いて、石の中に再現されたパラディオ建築を出力しま
した。完成した模型を手に取るとき、そこには不思議な風景が現れます。外側はゴツゴツとし
た野生の石のテクスチャでありながら、その断面や内部には、数百年前のイタリアで構想され
た端正な柱廊や中庭のグリッドが緻密に刻まれているのです。
 



 画面の中の綺麗なCGでもなく単なる手作りの工芸でもないデジタルの冷徹な論理と物質
の生々しい無秩序が衝突したその境界にこそ、これからのAI時代における「新しい建築の手触
り」が立ち上がります。これら一連のプロセスを「コンピュテーショナルに幾何学を秩序づけ
る意志(Meta-Parti)」、そして「物質が持つ個性に耳を傾ける姿勢(Material Animism)」
と位置づけ、AI時代の新しい建築教育を考えてみよう思っています。
 

杉田 宗 氏

広島工業大学 環境学部  建築デザイン学科 教授