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コラム

AIに建設を教える前に、
私たちは建設を説明できるか

2026.10.08

パラメトリック・ボイス               三建設備工業 日比俊介

建設では、工程表どおりに進めることが、いつも最善とは限らない。材料も人員も揃っている
のに、今日は作業を始めない。そんな判断が必要になることがある。
なぜ、できるはずの作業を見送るのか。建設に携わる人は、目の前の作業だけでなく、その先
の搬入や他職種の動き、後工程への影響まで見ながら判断しているからだ。
今回考えたいのは、そうした建設における判断を、私たちはどこまで説明できるのかというこ
とだ。きっかけは、先日Autodesk Universityで聴いた、建設における「世界モデル」をテー
マとしたセッションだった。
建設の状況を捉え、ある行動を取ったときに何が起こりそうかを考える。そうした能力をAIが
持つ可能性についての話である。まだ研究途上の考え方ではあるが、私が興味を持ったのは、
AIの進歩とともに浮かび上がる、人間の理解のあり方だった。
AIに建設を理解してもらいたい。明日の作業を考え、起こりそうな問題に気づいてほしい。
その期待を抱くと、すぐに一つの問いに行き着く。そもそも私たちは、理解してほしい建設を、
どこまで説明できるのだろうか。

建設では、日々多くの判断が行われている。搬入を一日ずらす。今日は別の場所から手をつけ
る。人数を増やすより、先に確認を済ませる。外から見れば小さな変更でも、その判断によっ
て、翌日の仕事が進むことがある。経験を積んだ人ほど、周囲が問題に気づく前に手を打って
いる場合もあるだろう。
そうした判断が自然に行えるようになるまでには、多くの経験が必要になる。うまくいった経
験もあれば、待たされたこと、やり直したこと、相手の都合を読み違えたこともある。本人に
とっては当たり前になった判断の中に、過去の経験が折り重なっている。「なんとなく気にな
る」という感覚にも、まだ言葉になっていない理由があるのかもしれない。
私たちは、その力を「現場力」や「経験」と呼んできた。実際に建物や構造物を完成させてい
る以上、そこには確かな能力がある。ただ、その言葉を口にすることで、何をしているのかを
十分に考えた気持ちになってはいないだろうか。「経験が大切だ」という説明だけでは、経験
の浅い人が明日どこに目を向ければよいのかまでは伝わらない。
例えば、若手が工程表を見て「予定どおりです」と報告する。一方で、ベテランは同じ工程表
を見ながら、来週の作業を心配している。二人が見ている日付は同じでも、そこから思い浮か
べるものが違う。ベテランは、その作業を始めるまでに済ませておくべき確認や、関係者との
調整まで想像しているのかもしれない。
この違いを「まだ経験が足りない」の一言で片づけることは容易である。しかし、どこが気に
なったのか、何が間に合わないと考えたのかを尋ねると、経験という大きな言葉の中から、具
体的な見方が少しずつ現れてくる。普段は省略されている説明の中に、建設を理解する手がか
りがある。

一方で、説明する側にも難しさがある。自分ではいつもやっていることほど、改めて聞かれる
と答えにくい。周囲の様子を見て、いくつかの可能性を考え、相手の反応を予想しながら決め
ている。その過程を、一つの理由にまとめることは難しい。説明しようとする行為そのものが、
自分の判断を見直す機会になるのだと思う。
もちろん、建設における判断をすべて言葉にできるとは思わない。実際にその場に立って初め
て気づくこともあるし、状況が変われば判断も変わる。前の現場でうまくいったやり方が、次
の現場でも通用するとは限らない。説明できる部分と、まだ説明しきれない部分を、自分でも
意識しておくことに意味があるのではないか。
人間同士であれば、説明の不足を補い合うことができる。同じ建設に携わり、似た失敗を経験
していれば、短い一言から多くを察する。しかし、相手が変われば、通じていた言葉が急に曖
昧になる。「いつもの段取りで」「そこはうまく調整して」。日常のやり取りに登場するこう
した表現は、相手が何を知っているかに大きく依存している。
AIを相手にすると、その曖昧さを意識する場面が増える。試しに「明日の作業を効率よく進め
たい」と尋ねても、何をもって効率がよいとするのかで、考えるべきことは変わる。明日の施
工量を増やしたいのか、来週の検査に間に合わせたいのか。他の職種の作業を進めるために、
あえて場所を空けておく必要もあるかもしれない。
私たちは普段、そうした優先順位を会話や状況の中で補っている。AIから期待と違う答えが
返ってきたとき、その能力を疑うと同時に、自分が何を伝えずに済ませていたのかを考えてみ
る余地がある。答えへの違和感を辿ることで、自分が大切にしていた条件に初めて気づくこと
もあるだろう。

ここで気をつけたいのは、人間の説明にも思い込みが含まれることである。長く続けている手
順には、かつては必要だったが、今は事情が変わっているものがあるかもしれない。「なぜそ
うするのか」と聞かれ、「以前からそうしているから」としか答えられないこともある。建設
を説明するという問いは、慣れ親しんだ仕事を見つめ直す問いでもある。
AIが知らなかった関係に気づかせてくれる可能性もある。人間がすべてを説明し終えるまで、
その力を借りられないわけではない。やり取りを重ねながら、自分の見落としや説明の不足に
気づく。その答えが建設の実務で成り立つかを考える過程で、人間の側の理解も深まっていく。
私には、その往復自体に価値があるように思える。
この夏、米国でMEP産業に携わる人の話を聞いた際にも、自分たちの仕事の進め方を理解する
ことの大切さが印象に残った。新しい技術に触れるために出かけた先で、足元の仕事を知るこ
とへ意識が戻った。その後、世界モデルの話を聞き、私の中で二つの経験がつながった。

技術ができることを知ると、何を任せられるかを考えたくなる。そのとき、任せたい仕事を説
明してみるとよいのかもしれない。何を見ているのか。何を気にしているのか。どんな場合に
判断を変えるのか。身近な仕事であっても、問いを重ねると、自分が言葉にしてこなかった部
分に出会う。
建設には、計画、設計、調達、施工、維持管理など、それぞれの段階や関係者による違いがあ
る。その違いを具体的に語ろうとすることで、共通している部分も見えてくるはずだ。「この
現場は特殊だから」という言葉の先を、もう少し考えてみたい。何が違うのか。その違いに
よって、どの判断が変わるのか。そこを説明できれば、経験を共有する会話も、少し深くなる
ように思う。
AIに建設を教えようとして、私たち自身が建設について学び直す。そんなことが、これから増
えていくのかもしれない。まずは、身近な判断について「なぜ、そう考えたのか」と問い直し
てみる。そこには、毎日関わっているはずなのに、まだ十分には言葉にできていない建設の姿
がある。

日比 俊介 氏

三建設備工業 DX推進本部 DX推進部 担当部長