Magazine(マガジン)

コラム

建築情報学会の『Fes』を振り返る

2022.07.19

ArchiFuture's Eye                  広島工業大学 杉田 宗
 
私が委員長を務める建築情報学会の育成活動委員会では、建築情報学を学ぶための新たな環境
構築を目指し、オンライン上の教材を体系化して学びの道標を示していく『Learning Index
や、毎月講師が入れ替わる形式で建築情報学に関わる幅広い学びを提供する『Session』を企
画・運営してきました。また、今年の4月には新たな活動として短期集中型のオンラインワー
クショップ『Fes』をスタートさせましたこの『Fes』やった側がいろいろと考えさせるこ
とが多かったので、今回は『Fes』について振り返ります。
 
育成活動委員会の活動は、教材の体系化や新たな教材コンテンツの作成といった、学ぶための
インプットに寄っていましたが、アウトプットを通した学びの機会も作りたく『Fes』の企画
がスタートしました。また、様々なバックグランドを持つ参加者が建築や情報について考え、
一緒になってアウトプットしていく場にするために、以下の3つの目的を掲げました。
 
・建築情報を題材に、建築やデザイン、情報など異なるバックグラウンドを持った参加者が横
 断的なコラボレーションを通してビジョンメイキングから具現化までを目指す

・社会人と学生の接点を作ると同時に、共に何かを作ることでアイデアやスキルのエクスチェ
 ンジを誘発する

・情報技術の発達により起きている「建築の思考」や「設計の方法」の変化に対応し、考え方
 を学び視野を広げる建築情報教育の土台を作る

 
1週間のワークショップですが、社会人による「THINKING(3日間)」と、学生を中心にした
「CODING+MAKING(5日間)」の2部構成とし、THINKINGで練られたアイデアを、
CODING+MAKINGの参加者が選んで実装することとしました。このように途中で参加者が変
わるワークショップは珍しいと思いますが、これが面白い効果を生んだと感じています。詳し
くは最後の考察で。
 
THINKINGには、実務や研究でコンピュテーショナルデザインなどに触れながら、たまにはコ
ンセプチュアルな発想のトレーニングをしたいと思う建築関係者や、建築や建築情報について
考えることに興味を持つ建築分野以外の人たちが参加してくれることをイメージしました。そ
こで、「建築情報学会の会員が集まり、様々な活動を行うグランドを考えてください。」とい
う課題を設定しました。
 
具体的なデザインに繋げるために、ここでいう「グランド」とは以下のようなイメージとしま
した。
・建築情報学会のグラウンドは、学会における議論・研究・実践・発表・交流が行えるホーム
 であり、ベースである
・建築情報学会のグラウンドは、リアルとバーチャルが共存する空間である
・リアルな空間は少なくとも中銀カプセルタワー跡地を利用する
 
THINKINGの参加者(THINKer)ではこのグラウンドをデザインするために重要となるパラメー
ターと、CODING+MAKINGが実践する「5つのステップ」を提案するようにお願いしました。
デザインを考える上で、何が変数やインプットとなり、どういう手順で形にしていくのかを提
示してもらうことで、CODING+MAKINGの参加者(MAKer)がその部分を考えることから解放
しました。CODING+MAKINGでは示されたパラメーターと「5つのステップ」という枠組み
の中で、なにができるのかの検討を進め、THINKerのフィードバックももらいながら具体的
なデザインに落とし込んでいきました。
 
初めての試みということもあり、育成活動委員の中から杉原聡さん(ATLV)と松岡正明さん (竹
中工務店)にTHINKerになって頂き、加えて丹野貴一郎さん(SUDARE)、林瑞樹さん(竹中工務
店)、大野友資さん(DOMINO ARCHITECTS)にもTHINKerをお願いするとともに、ワーク
ショップを進める上での協力をお願いしました。開催に向けて行った募集に対しては、6名の
THINKerと24名のMAKerが集まりました。THINKINGは5つ、CODING+MAKINGは6つのグ
ループに分かれて取り組みました。
 

 参加者全員による集合写真

 参加者全員による集合写真


完全オンラインのワークショップということで、その進め方にもいろいろと工夫しました。
まず、miroを積極的に活用しました1枚のボード上で6つのグループが平行して作業できる
環境を用意しました。ここに各グループがメモやスケッチを残していきながら具体的なデザ
インになっていく過程をアーカイブすることを目指しました。また他のグループが何をして
いるのかも一目でわかり、常に周りの動向も伝わってくるような環境で作業を進めました。
個々がバラバラになりがちなオンライン環境をどのようにシームレスにつなげるかが課題で
した。また、建築情報学会のコミュニティーで利用しているDiscordに各グループのオープン
ボイスチャンネルを作り、ミーティングはそこで行うようにしました。Discordもmiroも自由
に出入りができるので、THINKerが移動しながら別のグループの様子を確認したり参加者以
外もワークショップの様子を覗けるようなオープンな環境がつくれたのはオンラインならでは
ないかと思います。加えて、初日のキックオフ、THINKINGの発表、CODING+MAKINGの最
終発表の様子はYouTubeで配信し、多くの方にご覧頂きました。
 

 ワークショップ用のmiroのボード
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のmiroのWebサイトへリンク
  します。

 ワークショップ用のmiroのボード
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のmiroのWebサイトへリンク
  します。


今回、ワークショップの成果までを細かく紹介することはできませんが、1週間のワーク
ショップとしては驚くようなアウトプットが出てきました。ものすごく優秀で積極的な人たち
がTHINKerやMAKerとして参加頂いていたことを加味してもこのような短期間でここまでで
きるんだ!というのが率直な感想です。「リアルとバーチャルが共存する空間」という難しい
お題に対して、いろいろな切り口の提案が出てきて、改めて建築情報学会として継続して考え
ていく重要性も感じました。今後、建築情報学会の会員向けコンテンツとして公開する予定で
すので、その際にはぜひご覧頂けたらと思います。
 
最後に、『Fes』の真ん中で全体の様子を見ていた私の気づきを述べて終わろうと思います。
まず、この場は単なるアウトプットの場ではなく、その前段階の議論や言語化のところに多く
の時間が費やされたように感じます。それは、社会人にとっては普通のことだと思われますが、
学生にとっては新鮮な体験だったでしょうTHINKerに引っ張られる形でMAKerも議論を重ね
たことはこの形式だからできたこと思いますまた、THINKerはMAKerにヒントを与えるだ
けでなく、出てきたものに対してフィードバックしたり、一緒に考えたりすることが行われて
おり、これはまさにスタジオ制の設計教育に近い関係が生まれたように思います。THINKerは
自らもワークショップを通してグループで考える体験をしながら、後半ではMAKerを指導した
り教えながら、最終的なアウトプットに向かって並走する立場になりました。そういう立場に
なって、いろいろと学びが多かったという意見もありました。建築情報学の学びをオープンに
しながら、建築情報学を教えることも広げていくのが『Fes』だったのではないかと考えてい
ます。
 
来年もバージョンアップした『Fes』を開催する予定です。是非あなたも次のTHINKerや
MAKerになるべく、今から準備しておいてください。

杉田 宗 氏

広島工業大学 環境学部  建築デザイン学科 准教授