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BIMという桃源郷と利他
2025.10.28
パラメトリック・ボイス 熊本大学 大西 康伸
とにかく標準化が大切です
これはBIMが普及するにつれて最近よく耳にする言葉である。私をBIMの世界にいざなった、
大手住宅メーカーを退職し現在BIMコンサルを主宰しているI氏も、いつもこの言葉を口にする。
BIMに関わる標準化は、プロセスの標準化やモデリングやパーツの標準化など多岐にわたる。
この標準化という言葉を聞いて、皆さんはどんなことを想像するだろうか。あれもこれも標準
化、ほんと正直面倒くさい、何のためにそんなことするかよくわからない、でも決まりだから
仕方がない。こんな心の声が聞こえてきそう。ほとんどの人にとって標準化はとても面倒なも
ので、その割にはほとんどメリットがない、という認識があるかもしれない。
果たして、標準化はただ面倒なだけのものなのだろうか。いや、もしかすると標準化こそが、
過去のコラム「BIMは未来からの挑戦状」で書いた、僕たちが信じ続けてきた桃源郷へのチ
ケットなのかもしれない。そんな思いをこのコラムに書こうと思う。
最近、よく利他について考える。
利他とは利己と対になる概念で、己より他者の利益を優先し行動することなのだが、それは他
者に対する一方的な押しつけであってはならず、押しつけだとそれもまた利己になるらしい。
真に他者が望んでいるであろうことを推し量り、一方で愛のような心のつながりを求めない行
動である。
情けは人のためならずという教訓や、松下幸之助や稲盛和夫が大切にしたお客様第一という商
売におけるスローガンは、利他的であることがまわりまわって利己につながるという意図のあ
る利他を示している。
設計事務所や施工会社にとっての社訓めいた話はさておき、BIMの世界を見てみると、未だに
利己的な考えが蔓延していると言わざるを得ない。どれだけ簡単に短時間で安くできるかとい
う効率の追求は、往々にして直接的に利己につながりやすい。むろん利他につなげることもで
きるだろうが、BIMの導入や人材教育にこれまで多額の投資をしてきただけに、その浮いたお
金を自分たちの儲けにしようと、当然ながら独り占めしてしまう。
それが商売というものだと言われればそこまでなのだが、では、同じ商売の世界でお客様のこ
とを第一に考え大きな成功を収めた先達の言葉は何の意味もないのか。そのことに関して、実
は過去のコラム「続BIMで儲ける -利己的なBIMと利他的なBIM-」で、BIMの利用目的は利
他的であれと書いた。その利他という言葉で、最近思いついた事がある。
BIMは利他による理想的な世界
唐突な物言いであるが、次のコラムに何を書こうかと考えあぐねていたある日、頭の中でふと
そのような考えが頭をよぎった。そう言えば、フロントローディングにせよハンドオーバーに
せよ、BIMの世界は他者への思いやりに溢れた言葉で説明されることが多い。その誰かの思い
やりを受け取ることができてこそ、初めて効果や価値が生まれる。
もちろん、自分が入力した情報を自分で利用してもある程度の価値は生まれると思うが、皆さ
んが実感しているとおり、投資したコストに比べ今一効果が薄いように感じる。これは部分最
適化と言えよう。一方、上流や支流からこれまでにない正確な情報を多く含むデータが流れて
きたとして、それを自身の業務の中で活用できれば、これまでのBIMを使った業務の何倍もの
価値が生まれるのではないか。その際、データをただ受け取って活用するだけでなく、一つ下
流もしくは支流の他者が活用するために、自身がさらに情報を付加してデータを流せば、この
価値の創出サイクルは維持される。これは全体最適化と言えよう。
建築のプロセスには時間という方向性があるため、利他と言うよりもペイフォワード(恩送り)
と表現した方が相応しい。このペイフォワードの精神を仕組み化するものが、BIMにまつわる
様々な標準化であると見なすことができるのではないか。
実は冒頭で紹介した標準化に対する心の声は、O西(私自身)の思いであった。しかしこの論考
を通じて、標準化に対する意識がずいぶんと変化したのを感じる。
維持管理分野におけるこれまでの自身の取り組みを通じて、利他の役割とその重要性について
痛感してきた。標準化が難しいこの分野で、標準化を進展させた先に何があるのか。また一歩、
桃源郷に近づくことを期待したい。
BIMという、利他により皆が利を受ける理想的な世界。利他的でないと成り立たないなんて、
とても素敵な仕組みだと思った。そんな世界がすぐに実現できるとは到底思えないが、目指し
てみる価値は十分にある。




























