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コラム

実測調査四方山話

2024.01.16

パラメトリック・ボイス
                     東京大学 / スタジオノラ 谷口 景一朗


筆者はこれまでにも「環境のムラ」を積極的に活用することを目指した新しい快適性向上の在
り方について、いくつかのコラムで紹介してきた。
脱炭素化の先を見据えて
自らの手で「快適」を獲得せよ
このような「環境のムラ」を把握するにあたり、重要なのが実測調査による環境の実態把握で
ある。そこで、今回は実測調査に関するちょっとした苦労話について書いてみたい。
 
一言で実測調査と言っても、その調査対象は多岐にわたる。私が専門とする建築環境工学の分
野においても、空気温度・相対湿度・放射温度・風向・風速・CO2濃度・照度・輝度・騒音レ
ベル・・・と挙げ始めるとキリがない。さらには、建築構造の分野でよく計測される加速度セ
ンサや在室人数や人位置を検知する赤外線センサやカメラセンサなど、実に多種多様なセンサ
を組み合わせた調査が行われる。
 
一例として、筆者らがあるオフィスに設置しているセンサの様子が下の写真である。実のとこ
ろ、ここで実測している項目は空気温度・相対湿度・放射温度・CO2濃度とそれほど多くはな
い。そして、筆者らの感覚からすると実にコンパクトにすっきりと納められた「優秀な」セン
サである。それでもこの写真の通り、何やら物騒な黒い球体(グローブ球と呼ぶ、放射温度を
計測するためのもの)や表示モニタを備えた複数のセンサそれらを繋ぐいくつもの配線など、
一般の方が見ると物々しい雰囲気を醸し出していることは認めざるをえない。


筆者はこれまでに数十件のオフィスや住宅での実測調査を行ってきたが、大抵の場合、このよ
うなセンサを見て「これは触っても大丈夫なんですか?」と不安そうに声を掛けられたり、
「何の目的でこんなものを置いているのですか?」と怪訝そうな顔をされたり、「いつまで置
いておくつもりですか?」と実に迷惑そうな顔で言われたり、と歓迎されることはほとんどな
い。一度は「これ、爆発しないですよね・・・?」と本気なのか冗談なのかわからないトーン
で話しかけられたことすらある。冒頭述べた通り、これらのセンサは新しい快適性向上の在り
方を目指すために不可欠なものたちなのだが、そんなことを延々と語ったところで見慣れない
ものは不安だし邪魔だと思う方たちの気持ちもよく分かる。なんとも肩身の狭い思いをしなが
ら、実測への協力をお願いしているのが常である。地道な調査の裏には、同じように肩身の狭
い思いをしている多くの研究者がいることを知っていただけると幸いだ。
 
一方で、筆者らも何の工夫もなくただセンサを取り付けているわけではない。下の写真は、あ
る講義室に取り付けた空気温度・相対湿度・CO2濃度・照度センサと、そのセンサの意匠性を
高めるために取り付けたセンサカバーである。この講義室は歴史的な価値も高い講義室であっ
たため取り付けるセンサのカラートーンにも細心の注意を払う必要があったそこで、3Dプ
リンタを用いてセンサカバーを作成し、講義室の雰囲気を壊さないように配慮した上で講義室
内に60箇所以上センサを取り付けて、温度分布・CO2濃度分布等を高密度に計測する環境を整
えている3Dプリンタは空間に応じて自在にセンサカバーを製作することができるので、今後
も重宝しそうな気がする。とはいえ、この裏には色や形状を変更した十数個の日の目を見ない
試作品たちが眠っていることは付記しておく。


さらに肩身の狭い思いをしないためには、センサ自体を小型化することが望ましい。しかし、
既製品のセンサはどうしても小型化に限界がある。というわけで、筆者らはセンサを自作して
いる。下の写真のセンサは120mm角程度の大きさだが、空気温度・相対湿度・CO2濃度・照
騒音レベル位置情報のセンサを併せ持った自作センサであるこのセンサに3Dプリンタ
で作成したカバーを付けてしまえば、もう爆発する心配をされることはないだろう。センサの
精度検証は今後も続けていく予定だが、「たくさん計測したいものがあれば、自分たちでセン
サをつくってしまえばいいじゃん」というスタンスは我々研究者に翼を授けてくれる。


ところで、センサを用いた実測には、給電という課題も常に付きまとう。いくらセンサを小型
化しても大きなバッテリーを背負っていたり、コンセントからの配線が延々と伸びていたりし
たら元の木阿弥。というわけで、この話は無線給電機能を備えたセンサの開発へと展開してい
くのだが今日のところはここまでまた機会があれば四方山話その2を書かせていただきた
い。

谷口 景一朗 氏

東京大学大学院 特任准教授 / スタジオノラ 共同主宰